自殺


タイトルはセンセーショナルだが、割と身近な言葉だ。

中学時代の級友が進学した高校の同級生が、

私が常連だった喫茶Sに来て、同じく常連になった。

で、彼の実家は下宿を経営。一つだけ空いている部屋があり、

値段を下げても入らない、と言う。理由を聞いたら、

「・・・内緒だよ。首吊りがあって、さ・・・」

と言うものだった。当時、私は17歳。

まだ自分のレーゾンデートルに悩んだこともなく、

自殺は無縁の日常だった。禁止されていた、と言うのが正解かも。

その話を聞いていたウェイトレスさんが、

それならまだマシ、飛び降りとか他人を巻き込むから、

と注釈を付けた。そして、あそこのマンションなら、

屋上から飛び降りれば・・・と、続く。

↓拙著・屁理屈屋P33

零号主人公の自殺の顛末が書いてある。

飛び降りだった。深夜の出来事らしく翌朝、出勤してきた同僚が発見した。

和薬品のある5階建てビルの最上階に、

きれいに揃えた靴が脱ぎ捨てられていたという。

遺書はなかったが警察の事情聴取で、

「直前に仲のよかった同僚数名が『疲れた』とこぼしていた

のを聞いている」とされ、発作的な自殺と断定された。

タイムレコーダーその他の記録から勤務状態が著しく苛酷だったとはいえないと、

会社の責任も追及されなかった。そして『仲のよかった同僚』は

葬式にひとりも姿を見せず、常務取締役の名刺を持った

地味な中年男が儀礼的に香典を持ってきただけだった。

↑この五階建てには意味がある。詳しい人は分かるだろう。

一般に五階建てから飛び降りると、致死率は100パーセントに届かない。

自殺だったのか、殺してから屋上から投げ捨てたのか、

生体反応が不明になるようなトリックは、

薬理会社なら知っている人がいても不思議はない。

結末を書き入れるまで、零号主人公の死因は、

筆者自身、決めかねていたのだ。

が、中学校に増え続けていたウサギ小屋を思い出し、

医療者魂を見せるエンディングとなった。

本作の主人公は、実は彼である。それは私の分身だから。


コピーライター・編集ライター・作家 希死念慮

ヤフーチャット科学部屋・生物医学担当 江古田潤