19のままさ

校舎の階段。踊り場。彼女が振り返っている。

グレーのプリーツスカート、白のブラウス、肩章、

その顔は。・・・・来てくれたのか、また・・・。

いつも私が心を落ち込ませると、

どこからともなく現れた。駅から音大に抜ける道、

環七の交差点、横断陸橋のたもと・・・・。

「・・・あ。潤君。久しぶり。ん?」

尖った眼をしている私を不信に思ったのだろう、

軽く小首をかしげて、私の顔を覗き込んだ。

夢に出てくる彼女は、19歳のまま。

第一、彼女の高校時代の制服姿を見たことはない。

そうそう、音楽家である彼女だが、印象的なことを教えてくれた。

まだウイルスがビールスと呼ばれていた頃。

風邪ってビールスで、菌みたいに生命じゃないのよ。

当時、私たちは中学二年生。彼女のご尊父さまは、

某大学教授。SFが好きだった私に、この話題は、

と思って投げてくれたのだろう。

だが、中二の私に生命の解釈は付かなかった。

どうして、出てきてくれたのか?  気が付けば、

平井和正氏の没後報が目に入る。そうか。

最初に私が暮らし始めた明大前のアパートに、

彼女が訪れてくれた時、劇場版「幻魔大戦」のサントラを、

私の車、マークⅡのなかでかけていた。一緒に映画を見に行こう、

と誘ったばかりで、が、彼女はすでに公開初日に観てしまった、と言う。

ちぇっと思った瞬間、この曲が流れ始めたのだ。

劇場版を観ていた彼女はすぐ気が付いて、

ホントに好きなんだね・・・と、ちょっと瞳を閉じた。

あのとき、どうしたら良かったのか、私自身、わからない。

それよりも幻魔大戦が未完のまま、

作者がこの世から消えてしまったことを悲しく思う。

東丈の文化的遺伝子は残るのか? 読み終えなかった小説と、

最後まで本音を言えなかった彼女の顔が、私の中でダブる。


コピーライター・編集ライター・作家
元・料理誌記者、元・健康情報誌記者、病者
ヤフーチャット科学部屋・生物医学担当 江古田潤